伝・伊東祐親の墓所(市指定史跡)

更新日:2021年05月24日

でん・いとうすけちかのぼしょ

祐親の墓の写真

 伊東家は、藤原家を祖先とする一族で、伊東祐親が活躍した平安時代後期には、伊東のみならず、河津町や伊豆市の一部を所領していました。

 祐親は、同族である工藤祐経との世襲のもつれから、赤沢の椎ノ木三本付近で、嫡男河津三郎祐泰が討たれており、このことが「曽我兄弟の仇討ち」につながっていきました。

 また、伊豆に流された源頼朝を丁重に預かっていましたが、娘八重姫との間に出来た千鶴丸に対し、苦渋の決断をしいられたと言われています。

 源平合戦では頼朝から、勢力を増す源氏側に付くことを打診されましたが、平氏への忠義をつくし、自刃したと言われています。

 墓は安山岩の五輪塔で、空風輪、火輪、水輪、地輪の時期の異なる部材の組み合わせで構成されている。
 文字ははっきりとした薬研彫りで刻まれ、高さ140.5センチメートルという大きさから、領主祐親を讃えるものとして製作されたと伝えられてきた。
 空風輪、火輪、水輪は14世紀前半、地輪が13世紀の製作と思われる。

伝・伊東祐親の墓所の概要
指定年月日 1979年9月26日
指定番号 市17号
高さ 140.5センチメートル
製作時期 13〜14世紀

周辺案内図

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